雑記

フリーランス映像クリエイターがソーシャルメディア時代の動画広告を考える:考察

この記事は「面白い動画の作り方」ではない。「広告動画の作り方」でもない。筆者が動画広告をどのように理解しているか確認するためのものである。

広告媒体で金銭のやり取りが成立する方法を紐解くことで、広告主目線で(またそれを作るクリエイターとして)効果のある広告動画とはなにか、視聴者目線で広告とは何を成しているか、それを踏まえ配信者目線で広告収入が増える状況とはといったソーシャルメディア時代の動画広告を言語化し理解するための考察記事である。

広告主がお金を出すに至るケースから逆算し、広告収入の仕組みについて確認、動画配信での広告収入を如何に上げていくのか、という流れで分解して確認する。

動画広告の意義

テレビ・ラジオのCMを始め、宣伝になぜお金が発生するのか?→広告費用をかけてでも、それを回収できるほどの売上を伸ばしたいからだ。

ということは広告を打てば売上が上がるということだろうか?

広告は売上に直結するか

冷静に考えれば、広告を見ても買わない商品がある以上、広告宣伝費=必ずしも売上アップではないことが分かる。

ならば宣伝をしないデメリットを言語化してみる。

  • 有用な商品・サービスをリリースしたが、認知されず売れない。
  • ぱっと見では何のための商品か分からず購買意欲がそそられない。
  • 自分には関係のなさそうなイメージがあるので欲しいと思わない。

こんなところだろうか。

上記の宣伝をしないデメリットには共通点が見えてくる。

「視聴者の教育」

企業のターゲットである消費者=動画広告視聴者は初め、興味・関心・知識がない状態である。商品・サービスを「知らない状態」だということだ。知らなければ検討材料にすらならず、お金を出しようがない。

積極的に良いものを探している物好き以外、売り場で見つけた新商品を手にとってパッケージ裏まで見る人はいないだろう。

さらに「良さそう」と思っても財布を開くハードルを超えられる商品・サービスは多くない。なぜなら今までそれが無い人生を歩んでこられたからだ。

お金を支払うデメリットを、メリットが上回らなければならない。

これらデメリットを払拭し、売上が伸びる余地を足す。買うべきものかどうかの判断材料を与えてやる。どうやらこの図式のようだ。

いわば「教育」である。人生に必須ではないものに対しお金を出すまで引き上げる。雑に言い換えれば「洗脳」とも呼べる。

特定の商品・サービスが無くとも暮らせてきた人生に、必要なものなのだと教え込むのだ。

今日における動画広告の成果

例えばシャンプー。

本来まともに生きるだけなら、頭皮・髪はせいぜいお湯できちんとすすぐ程度で十分である。

それを、少なくとも我々日本人は頭はシャンプーで洗い清潔で然るべき、または髪は美しいほうが良いことである、それが人間的で文化的でマナーだという概念をあらゆる角度から説くことで、毎日シャンプーをしない人間をとても汚く感じてしまうよう教育されている。

頭は毎日洗って当然という教育が完了しているので、シャンプーが切れたら買わなくてはいられないのだ。そこにはもはや、シャンプーを買うかどうかの選択はすっぽり抜け落ち、「どのシャンプーを買うか」から思考が始まる。

それが良い悪いの議論をしたいわけではない。この記事はあくまで広告動画を紐解いた結果を列挙していくだけだ。

それに広告とはそういうことだ。興味のないものを人生に取り入れてもらうために活用されている。

企業が便利な商品・サービスを生み出し、消費者が納得してお金を払いお互い幸せになる。少なくとも商売はwin-winである。さらに流通の幅が広がったり、IT業界の発展に寄与したり、「世間によし」で近江商人の「三方よし」の考え方まである。

商品・サービスがあることのメリット、もしくは無いことのデメリット、どちらかで売り込みをかける。

お金を払うデメリットを超えるメリットを教え、商品・サービスがある感動を提供するのだ。

動画広告の現状

つまり広告により視聴者の行動を操ることが目的である。そうなれば、どんな売り文句で人がどのように動くかを知らねばならず、統計学・心理学あたりが活用されていそうだ。

調べるとマーケティング分野で心理と統計の視点を取り入れる、行動経済学というものがあるようだ。

ダニエル・カーネマンの行動経済学

経済学は、「人は合理的な行動をする」ことを前提とし、行動経済学は「人の選択は感情によるところが大きく、非合理な行動をする」ことを前提とする。

シャンプーの例を見るに、仮説と行動経済学が合っているように見える。

このように人間がどう行動するのか先人たちが研究を重ねており、商品やサービスを成約させたいがために作られる動画広告は「認知度の拡大」で買うか買わないかの判断材料まで地位を引き上げる他、最終的には「視聴後に行動を促す」、要は買わせるために作られている。

では続いて動画広告を見せられる側である視聴者の心理状態を予測しながら、どんな仕掛けが施されているのか見ていこう。

現代の視聴者の心理

新しい商品・サービスが何が出来るものかを知るには相応の時間がかかる。説明書や紹介動画を最後まで見て初めて理解するものだ。認知度ゼロのフェーズで広告により視聴者を引っ掛けるには、知られなければならない。これが広告全般の仕事のひとつだ。

こと広告動画においては、現代人は時間がないために、これまで興味のなかった商品・サービスの使用方法をいきなり見ることはないだろう。面白く興味を引く映像は取捨選択しなければ消費しきれないほど溢れかえっているのだ。

(さらに忙しい現代人には数秒で興味を引くフックが必要だ。これがたった一枚絵のバナー広告が廃れない理由かとも思う。)

皆忙しい、目当ての動画視聴を阻害してまで見せられる、お金は使わないに越したことはない。

そんな障害が多い中、商品・サービスの良さを教え、必要なものだと思わせ、買わせるのだから、世の動画広告はすごいものだ。

動画広告の作り

動画広告を継続視聴させるために、具体的にどんな作りになっているだろうか。

YouTubeが辿り着いた動画広告のあり方

大手サービスYouTubeが、広告収益をどのように最大化しようとしているかを見ると、まっとうに「効果のある宣伝場所にする」ことに注力しているように見える。正攻法だ。であれば、動画広告自体に視聴者へ行動を促す仕組みが備わっていれば自信を持って出稿できる。

YouTube動画広告に絞り、YouTubeでは動画広告の視聴にどのような仕組みを適用しているか。

特徴として広告のスキップボタンがある。

視聴者による番組の視聴というサービスの根幹がある以上、無料で見たい動画のある視聴者と、お金を支払ってでも見せたい動画のある広告主の折り合いを付けたのが、広告のスキップボタンということであろう。

ならばYouTube広告の構成としては「如何にいい商品・サービスか?何をするものか?」という紹介は二の次である。興味のないものを延々と見ることはない。

実際に冒頭に命をかけている広告の多いこと。セオリーとなっている。

飛び道具として、内容とは関係なしに美しい映像や驚きのある仕掛けの映像で目を引くことは可能だ。特にビールのCMがこの考え方に近く、「数多あるビールから自社ビールの美味しさ」を映像化することは難しく、ビールをぐびっと飲み、「うまい」としか表現できないため、「ビールがおいしいシチュエーション」や「著名人による感想」を映像美で彩ることで、購買意欲をくすぐっている。

ビールを飲んだことのない人にはなんのこっちゃだが、酔うことの快楽を知っている人には十分だ。本来酒は広告が無くとも売れるものとは思うが、競合がいる以上、必要な措置なのかなと解釈している。

動画広告の限界

YouTubeならスキップ可能な広告でも、スキップボタンが表示されるまで5秒間はスキップが出来ない。

これは視聴者の興味を引くために必要と考えられている秒数を5秒と捉えていると考えられる。

つまり膨大な視聴者のビッグデータを用い人間の心理を紐解いた結果、動画広告が成果を出すには最低限5秒間の視聴は必要という結論で落ち着いているようである。

どうやらこれが現時点での(少なくともYouTubeが考える)動画広告の限界とも考えられる。

動画で人間の興味を引くのに「5秒間かかる」との見解なのだ。

初めの1秒間でまったく興味のない広告だと判断出来た場合、スキップボタンが表示される5秒すら長く感じないだろうか?ほとんどの場合、動画広告は進んで見ているわけではないからである。目当ての動画の冒頭や途中に強制再生されることで、視聴、または見なくとも再生させなければならないわけだ。

スキップボタンの心理的影響

スキップが出来ることでどんな影響が出るだろうか。

ここに広告への弊害があるように思う。目に見える形で「スキップ」と表示されれば、スキップしたくてイライラしている視聴者はもとより、ある程度見入っている視聴者もそれが広告であることに気づき、スキップするケースもあるように思う。筆者がそうだからだ。なんならスキップを惰性で押してしまったが、実は見たかった広告すらある。

万人に当てはまるものではないだろうが、筆者のようなポンコツが少なくとも離脱している事実がある。

いずれ解決するべきものかすらこの場では答えが出ないが、広告主側はこれと戦わなくてはならないことは確かだ。

制約に打ち勝つ動画構成

話は戻って、最低限動画の冒頭には継続視聴させるための理由を与えられる表現が必要だ。「キレイ」でも「カッコイイ」でも「コワイ」でも、興味が引ければなんでも良い。

忙しい視聴者に向けたソーシャルメディア上での動画広告に多用されているものがある。数秒で興味を引くフックだ。

これまでその商品・サービスを使わずに生きてこられた人間に、「あなたに必要なものです」と伝えるインパクト。

それが「こんな不満はありませんか?」である。

「普段煩わしいと感じている手間を解消する商品・サービスがある」ことは強烈なフックであるとともに、「どう解決するのか?」という視点で「使い方を知りたい」気持ちを掘り起こす。広告ならここまで数秒に収める。

動画広告の価値

ここで、YouTubeで「広告視聴により無料でサービスを利用できている」状態を冷静に再確認してみる。

無料で使うことの本質

YouTubeが存続するために、お金が入る仕組みがある。

お金を出してでも広告を見てもらいたい広告主と、視聴者、これらを繋ぐ場を提供したのがYouTubeである。順序としては視聴者がいるから広告主が集まるが、どちらが増えても「利用者が増えること」がメリットとなる。

広告主はデメリットであるお金を支払い、メリットである広告による自社商品・サービスの収益増を目指す。

間のYouTubeはデメリットであるサーバー維持管理コストを支払い、メリットである広告出稿費を受け取る。

残る視聴者はコスト0でサービスを享受するメリットだけか?と感じるが、実はそうではない。

表面上は無料でサービスを利用するために、代わりに時間コストを徴収しているのだ。

利用者としてはお金の支払いをせずに商品やサービスを利用できるので、「お金が不要=無料」は間違いではない。ただしお金と同じくコストである時間を支払っているにも関わらずである。

実のところ「無料=お得」ではない良い例である。

筆者は別記事の映像制作者が学ぶプログラミングでも触れた「2種類のコストの3つの使い方」のように、お金と時間はどちらもコストであり、上限を増やしづらい時間のほうが僅かに価値が高いと考えているため、次のように感じる。

「広告見れば無料」に潜むコスト

この仕組みは、時間を支払い広告を見せられた上、宣伝文句に釣られて出費をする可能性だってある。無料サービスの動画広告はコストを支払う余地を高める方法としては相当なものなのだ。月額数百円で広告を非表示にしたほうがよっぽど「安い」ことが分かるだろう。

ただし無い袖は振れず、皆が平等に持っている時間が支払いやすいコストであることにジレンマがある。

広告収入を稼ぐには

広告媒体は広告主だけがコストを支払っているわけではないことを改めて確認できた。視聴者がいなければ成立せず、広告主からお金を、視聴者から視聴時間をそれぞれ支払ってもらうことがYouTubeのメリットに繋がることが言語化できた。

以上により配信者がYouTubeで広告収入を稼ぐには、この「YouTubeへのメリット」に最大限に寄与する配信者になればいいことが分かる。

YouTubeへのメリットを考慮する

広告主のメリットは、広告が視聴され、売上に繋げることであるが、YouTubeのメリットはその広告が多くの目に触れる場を作ることで広告出稿が増えることにある。広告が効果を上げるかは広告動画自体に掛かっているため、それを阻害しない場を提供することは既に達成しているので、つまり視聴数の稼げる番組配信者を集めることである。

とすれば配信者が出来ることはYouTubeの売上に寄与する→広告再生の機会を増やすことであり、「如何にYouTube内に留まらせ、回遊させるか」となる。

蛇足だが、これがYouTubeが仕掛ける配信者への細かな取り決めで、広告収入というエサでYouTubeに貢献させる仕組みである。

炎上商法が厳しく取り締まられない所以だ。YouTubeにお金が入る以上、世間からのバッシングよりも短期的、長期的関わらずメリットが大きければ取り締まらない。デメリットが大きいと判断すれば、良きタイミングで取り締まる。民間企業である以上、取り締まりに差が出るのは致し方ない。

正攻法だけではない広告収益

つまるところ、動画広告を流す回数を増やせば、YouTubeは広告主からお金が引っ張れるとなる。

ここには様々な理由で広告主が過剰にお金を払うことになる抜け道もあり、広告による成約率(購買数)上昇などの効果が出なくとも、再生されれば広告費用が発生する。

再生されれば。要は「視聴数」ではなくあくまで「再生数」である。

視聴数と再生数のうがった見方

道徳的に考えればこれら2つは同じものと考えて良いだろうが、ひねくれた見方をしてみる。

考えても見て欲しい、特に広告再生数が多くなりがちなゲーム内広告だ。30秒の広告再生でキャラクターが1分パワーアップするとすれば、効率を求めるプレイヤーは10分のプレイ中3分半は広告を再生することになる。これを毎回フルで見ているだろうか。

そういったプレイヤーは脳への快楽に対しても時間効率を重視する故、待ち時間と化してしまう広告再生中は別デバイスでエンタメ動画を見たり、コンシューマなど他のゲームの合間に広告再生を持ってくると考えられないか。

視聴者の目線をカメラで追い、画面を見ているか判断する仕組みがないものと仮定すると、あるデバイスで広告が再生されさえすれば、広告費用が動いているのだ。

広告主目線で考えると、「視聴されているかわからないもの」に少なからずお金を払っていることになる。

そう考えると配信者(広告枠を売るソーシャルメディアではなく、広告費用をもらう番組提供者)が広告費用を稼ぐために狙うべきことが見えてくる。

現在のYouTubeシステム上での広告収益の稼ぎ方

現在のYouTubeのシステムで広告収益を上げる方法を正確に言語化すると…。

動画広告をどれだけ視聴者に見てもらうか、ではない。

動画広告をどれだけ端末で再生させるか、である。

先に紐解いたように、現在の仕組みでは人間が画面を注視しているかどうかは広告費発生に関係ない。

この2つには狙うべき動画そのものの内容に大きな違いが出る。

まず、動画をどれだけ視聴者に見てもらうか、に重きを置いた場合、動画自体が面白い、離脱したくない、他の動画も見続けたい、といった「本編を視聴してもらう」 動画作りとなる。

この場合は視聴者の目当ては本編となり、魅力的な動画を絶え間なく視聴したくなることから、動画が始まっても極力スキップすることになるであろう。

一方、動画広告をどれだけ端末で再生させるかに重きを置いた場合、再生して放っておくくらいが丁度いい。いわゆる「ながら観」が最適解ではないだろうか。この場合「熱心に画面を見て、積極的に画面操作をしない」ため、番組途中で広告が挿入されても、最後まで再生される確率は高そうだ。

「ながら観」「なんとなく続けて見てしまう」程度の動画が広告費稼ぎに強そうだ。

ここでこの仮説を以て実際にトップユーチューバーの長尺動画を見てみると、動画の初めから終わりまで見どころの続く作り込んだ構成かと思いきや、そんな動画はほとんどない。視聴者が疲れることも想定してか、「今は休んでいいですよ」の時間が設けられているのだ。

経験からか、もしくは戦略的にやっているものと思われるが、ダラダラと次々見られる作りなのだ。

動画自体の一作品としての面白さを求めていないことが分かる。長時間滞在してもらいたいのだ。視聴者が疲れる程の情報量を次々見せるのでなく、動画内に休憩ポイントを挟むことで、脳を休めながらも再生時間をカウントさせているのだ。

広告費用を稼ぐ点において理にかなっている。

また、歌もののMVもヒット作は億再生も狙えるが、こちらも画面を注視しているか判断がつかない。音だけ聴いているケースも相当数あるとは想像できるが、このあたりを実証・収益を公開している記事などは見つからなかったため、情報ソースがあれば是非教えて欲しい。

広告収益のある動画に見る構成

ダラダラと見続ける。

これを成立させるには「日常」を再生させる信頼関係が不可欠だ。なんなら心理学的には(詳しいわけではないが)「単純接触効果」(接する回数・時間により好意的な印象は強くなっていく)や「ディドロ効果」(シリーズ物は揃えたくなる)も大きく働いているように見受けられる。

(うっすらとこんな感覚あるよな、と心理学で検索したらちゃんと名前ついてた)

具体的な行動はこうだ。ある動画が気になり1つの動画を再生すると、そのブランドや世界観の動画が他にもあれば続けて見てしまい、2つ、3つと見ていくごとにその配信者を好きになっていく。この記事を読んでいる方にもこんな経験があるだろう。

そのチャンネルに動画が1000個あるとすれば、日課的にダラダラと再生し始めるのが目に浮かぶ。

ここまでで、それらの動画内容が一瞬たりとも目が離せない、濃密な超大作映画である場合と、要所要所で笑いどころのある「ながら観動画」である場合、どちらが動画広告が長時間再生されそうか言語化出来てきた。

ただし。

動画広告と番組の共通点

視聴者と配信者が信頼関係を結べば、関連動画を再生させられるに至るが、それまでには、視聴し続けてもらえる面白さを提供しなくてはならない。フックにより興味を引く必要がある。つまるところ動画広告と番組は「視聴者を離脱させず継続視聴してもらう」ことにおいては共通の課題を抱えている。

これからの広告

上記”視聴数と再生数のうがった見方”で取り上げた「広告は視聴数でなくデバイスでの再生数」は、動画広告が再生されている時間が広告主としては情報が届けられない点で、視聴者としては無駄な時間に成り下がる点で、2021年現在、その攻撃力は頭打ちになっているように見える。

今後は再生デバイスに視聴されているかどうかの判断ができれば、この問題点を解消できる。「アイトラッキング」だ。

目のトラッキング技術

「Newニンテンドー3DS」では顔認証とジャイロセンサーにより、立体視できる焦点位置を追従してくれる。上下左右に並んだピクセルにより左右の目に異なる像を届けるという特性上、上下には弱いが前後左右に関しては画面を動かしても顔を動かしても立体視が崩れないよう追従してくれるのだ。

スマホの顔認証でのロック解除も、人類は技術としては既に持っている。

目が画面を見ているかなど簡単にチェックできるだろう。

アイトラッキングにより画面を見ている間のみ広告が再生され、目が離れれば一時停止する。もちろん瞬きや一瞬頭を振るなどの動作でいちいち止めていては批判の的だが。一応は動画広告と視聴者の関係を正しい状態にできる。

だが視聴者からは歓迎されるだろうか?猛烈に批判されると思われる。

広告主と視聴者の意識のズレ

広告主、視聴者はそれぞれ動画広告をどう捉えているだろうか?

広告主は商品やサービスを周知・学習させる純粋な広告として出稿するが、視聴者はそうではない

記事中ずっと言ってきたが見たいと思って見てはいない。「本来の目的であるゲームや動画本編といったサービスを無料で享受するために我慢する時間」、または「現金の代わりに時間を差し出す行為」と捉えているのが普通だろう。

見る側の脳は内容にフォーカスしていないのだ。溢れかえる動画広告の流れる無駄な時間。トイレタイムや別タブでのブラウジングを再開する時間なのだ。これをひっくり返すのは大変なことだ。

これからの広告のさらにその後

だが動画広告の正義を取り戻すため、アイトラッキングをはじめ様々な技術やルールによって「広告を視聴者の脳に届ける」改善がされ続けるだろう。

視聴者もお金を払わないのであれば「無料である代わりに見せられる広告」に対しては声を上げる筋合いはなく、広告が過剰である場合に初めて苦言を呈すことができる。

両者の歩み寄った先、動画広告はどういったかたちになるのか、見ていきたい。

まとめ

まとめると動画広告は見たい動画ではない。見られるためなら、冒頭5秒のフックにより見せる仕掛けを施す。共感できる問題提議か分かりやすい解決策を先に見せ、後半が有益な情報だと理解させる。

番組もファンにさせるフックが必要で、後半はながら観しやすい構成・シリーズ展開にしていく。端末に長時間再生さえさせられれば勝ち筋がある。

広告収入を稼ぎたいのであれば、人間が注視する「視聴数」と端末上で再生される「再生数」は違うものと認識する。ハレの日用の高級料理よりも、365日食べられる味噌汁のような動画に広告を流すことで総数を稼ぐ。

良い動画を真似るだけで十分稼げると思うが、何を真似るのか理解し、「単純接触効果」や「ディドロ効果」など、人間の感情を知ることが本質的な上達に繋がる。

どうやら良い動画(面白いコンテンツ)と稼げる動画にはズレが有る。

需要と供給の関係を考えると、それは生産者と消費者双方が作り上げた仕組みであり、綺麗事だけで稼ぐには些か分が悪い現状が出来上がっている。

しかし物理的に広告視聴を強制する手段すら簡単に実装できる現代に、使いやすさと使いにくさのバランスを探り続けるものである。

だからこそ企業はマーケティングとして統計学・心理学を応用し頭を捻る。消費者ももう少し搾取されるだけの現実を疑問視する姿勢があって然るべきだ。

一映像クリエイターとしては、その狭間で頭をさらに悩ませるのである。

感情とは面白いものだ。

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